腹式呼吸は座ってやるとお腹が動く感じがするのに、立った途端に体がきゅっと固まってしまう。
呼吸の本を読んで、動画を見て、毎日練習している。それなのに、歌うとき、人前で話すときになるとどうしてもうまくいかない。
「自分には向いていないのかも」と思い始めている方に、少し違う角度からお伝えしたいことがあります。腹式呼吸がうまくできないのは、呼吸の練習が足りないからではないことが多いのです。
なんで練習しているのにうまくいかないんだろう

呼吸がうまくできないと感じている方を見ていると、あるパターンが浮かんできます。
肩に力が入っている。あごが前に出ている。立っているときに体の重心が足先に乗っている。こういった状態が積み重なると、横隔膜という呼吸の要になる筋肉が動きにくくなります。横隔膜は、肋骨の下側にドームのようにかぶさっている筋肉です。この筋肉が上下に動くことで息が出入りするのですが、体がこわばっていると、そのドームの動きが制限されてしまいます。
もうひとつ気になるのは、「呼吸を意識しすぎている」状態です。お腹を意識してふくらませようとするほど、体がぎゅっと緊張してしまう。本来、呼吸は無意識に行われるものなので、意識を向けすぎることで自律神経のバランスが乱れ、かえって硬くなってしまうことがあります。
腹式呼吸が座ってはできるのに、なんで立つとできなくなるんだろう
この感覚、実は多くの方が経験しています。体の中で何が起きているかを知ると、腹式呼吸への見方が変わってきます。
なぜ座るとできるの?
座っているとき、骨盤はある程度安定します。背もたれに寄りかかっていれば、体を支える筋肉の負担が減り、リラックスした状態が作りやすくなります。その分、呼吸のために使えるゆとりが生まれます。
立った瞬間、体に何が起きているか
立った瞬間に何が起きるかというと、体全体のバランスを保つための仕事が増えます。足で地面を踏む、骨盤を立てる、上半身を支える。これらをすべて同時にやろうとするとき、体の中心に軸がしっかりあるかどうかで、大きな差が出てきます。
「座ってはできる」のは体の負担が減っているから。「立つとできない」のは、体の使い方にゆとりがないからです。腹式呼吸そのものの問題ではなく、立ったときの体の使い方が関係しています。
横隔膜は姿勢と一緒に動いている
軸がない状態で立つと、体は無意識に肩や首、お腹まわりの筋肉を使ってバランスをとろうとします。このとき、呼吸に使えるはずの筋肉が姿勢を維持するために使われてしまいます。横隔膜が自由に動けるスペースが狭くなり、息をすっと吸い込む感覚が消えてしまうのです。
肩の力を抜く方法を試したことがある方は気づいているかもしれませんが、肩の緊張がほどけると、自然に息が深くなる感覚があります。肩まわりの力みは、横隔膜の動きと密接につながっているからです。
腹式呼吸ができない原因は、体のあちこちのこわばりでした
腹式呼吸がしにくくなる理由は、横隔膜だけにあるわけではありません。
首の後ろ側がかたくなっていると、あごが前に出やすくなります。あごが前に出ると、気道(息の通り道)がわずかに狭くなり、深い呼吸がしにくくなります。
肩がすくんだ状態になると、胸郭(肋骨まわり)の動きが制限されます。肋骨が広がらなければ、息を深く吸い込む空間が生まれません。
お腹まわりに力が入ったままだと、横隔膜が下に動けないため、吸った息がお腹に入ってくる感覚が生まれません。意識的に力んでいなくても、長時間同じ姿勢でいると力みが定着していることがあります。
デスクワークが長い方や、スマートフォンを長時間見る方は特に、これらのこわばりが積み重なりやすい状態にあります。
こわばりがある状態でいくら呼吸の練習を重ねても、体が許容している範囲の呼吸しかできません。練習の前に、体のこわばりをほどくことを先に考えると、変化が出てきやすくなります。
自律神経との関係でいうと、リラックスしているとき(副交感神経が優位なとき)は呼吸が自然に深くなります。緊張しているとき(交感神経が優位なとき)は呼吸が浅くなります。これは体の仕組みですので、緊張した体で深い呼吸をしようとするのは、アクセルとブレーキを同時に踏むような状態になります。
体の状態が変わったとき、呼吸も変わった
ここで、ひとつの事例をご紹介します。
声楽を学んでいるある方は、腹式呼吸の練習を何年も続けていましたが、本番になるといつも呼吸が浅くなると話していました。レッスンでは先生にほめられるのに、ステージに立つと体がきゅっと固まってしまう感覚があると言っていました。
その後、立ち方そのものを見直す機会があり、体の重心の位置や、足で地面を感じる感覚を整えることに取り組みました。発声の練習よりも、体の使い方を先に整えるアプローチです。しばらく経ったころ、「特に意識しなくてもお腹が動くようになってきた」という感想をお話しくださいました。
呼吸の方法を変えたわけではなく、体の状態が変わったことで呼吸が変わった事例です。
別の方は、人前でスピーチするときに声が震えると悩んでいました。人前で声が震えるのは呼吸の問題だと思っていたのですが、体の軸を整えることに取り組んだことで、震えが落ち着いたと話してくださいました。呼吸と声と体の使い方は、つながっているのだと実感した事例でした。
歌やスピーチに活かすなら、体から整えるのが先です
歌やスピーチで腹式呼吸を活かしたいなら、呼吸の練習の前に体の状態を整えることを考えてみてください。
歌のレッスンに通っている方が「先生の言う通りにやってみるけど、どうしても体感がつかめない」と感じているとき、原因のひとつとして体のこわばりが関係していることがあります。体が整った状態になると、同じ指示が自然に体に入ってくることがあります。
スピーチや発表の場でも同じことが言えます。緊張すると呼吸が浅くなり、声が細くなります。このとき、深呼吸しようとしても、体がかたまっているとなかなか息が入ってきません。体に軸がある状態であれば、緊張の中でも呼吸が崩れにくくなります。
喉の力を抜く方法についても触れておくと、喉の力みも呼吸と深くつながっています。喉がぎゅっと締まった状態では、息が自由に流れません。喉をゆるめることと、腹式呼吸がうまくいくことはセットで考えると整理しやすくなります。
体から整えるアプローチは、すぐに「できた」という感覚が来るものでもありません。ただ、方向性が変わると、長年変わらなかったものが少しずつ動き始めた方がいます。
よく聞かれる質問
Q: 腹式呼吸ができないのはなぜですか?
呼吸を支える横隔膜という筋肉が自由に動けていないことが多いです。体のこわばりや、立ったときの体の使い方が横隔膜の動きに影響しています。呼吸の練習量の問題ではなく、体の状態が関係していることがあります。
Q: 腹式呼吸を上手にするにはどうすればいいですか?
呼吸の練習そのものより先に、体のこわばりをほどくことを考えてみてください。肩や首まわり、お腹の力みがあると横隔膜が動きにくくなります。体がリラックスした状態になると、呼吸は自然に深くなります。
Q: 腹式呼吸がどうしても理解できない場合はどうすればいいですか?
感覚がつかめないまま練習を続けるより、一度「体の使い方」という別の切り口から試してみてください。自律神経が整った状態になると、呼吸の感覚が変わることがあります。
Q: 腹式呼吸で息を吸えないのはなぜですか?
吸えない感覚があるとき、お腹や胸まわりの筋肉が緊張していることが多いです。息を吸おうとするより、まず「ため息のようにゆっくり吐く」ことから始めると、自然に吸う動きが起きやすくなります。吸うより吐くことを先に整えるのがポイントです。
体の使い方を体験してみませんか
腹式呼吸が思うようにいかないとき、呼吸そのものを変えようとするより、体の状態を整えることが先になることがあります。

